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Archive for November 8th, 2008

  これらの写真は58式の軍服を再現したものです。1994年発行の『人民軍50年史』に鮮明な写真が掲載されています。


(写真はBộ Quốc phòng-Viện Lịch sử quân sử,50 năm Quân đội Nhân dân Việt nam,NXBQĐND,1994.より抜粋。ただし、階級と所属をともに示す結合襟章は59年からの採用)

    58式の採用に伴って、帽章もそれまでの「太った星」(直径3cm)から現行の「稲穂と車輪に金星紅旗」(直径3.3cm)のデザインへと変更されました。また、階級を示す肩章と所属軍種ないし兵科を示す襟章は別々に肩と襟に着装されましたが、いわゆる「結合襟章」は59年5月に政府議定第199号として規定されました。)
  58式の軍服デザインは54年頃にはすでに規格化されていましたから、大きな変化はなかったようです。しかし、この時に三軍ごとの個別デザインやそれに着装する各種徽章類の明記、さらに、地域別に区分した軍服の素材と支給回数などを決めたことは軍の統率を図る上で重要な意味を持っていたのでした。

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                                           (写真1:抗仏戦争終結直後の士官)    軍服の制度的統一は、1958年11月9日に国防省が士官・下士官・兵に支給する軍服の新基準(国防省議定)が最初でした。この時に制定された制服はK58、すなわち、58式と呼ばれました。制服は50年代に入ると少しずつそのデザインが出来上がってくるわけですが、戦争中の混乱によって公式に全軍規模で共通に足並みを揃えることが難しかったようです。しかし、抗仏戦争の終結が間近になると援助物資と自力生産の両方がある程度整ってきたことも事実であり、実は53年に軍服支給規定が公布されていたほどでした。したがって、54年のハノイ市返還式典などでは主力部隊の制服は見違えるほど統一されたものでした。こうした状態を全国レベルで普及させようとしたのが58年の国防省議定だったといえるでしょう。
                               (写真2:抗仏戦争終結直後の人民軍兵士と仏軍兵)
 (Hai ảnh trên đều sưu tầm từ trên mạng ttvnol.com)

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